224
Skip navigation

カを抜く

第55号

(平成15年9月)

天道館管長 清水健二

先日パリで行われた世界陸上でのこと。ついつい 深夜までテレビ観戦をしてしまった。翌日の朝稽古 があるにも拘わらずである。その折り、アナウンサ ーのなかなかの名言に心奪われる競技を観た。それ はハンマー投げで、日本代表選手はメダルが確実と の期待がかかる室伏選手。室伏が良い成績を挙げる には「如何に力を抜けるかだ!」と言ったアナウン サーになるほどと思ったのである。

私流に解説すればこれは緊張感から如何に脱出で きるかということである。いざ本番というときには 人は誰しも緊張感(呼吸の乱れ、肩の力み、身体の 硬直感等)が走るのである。しかし度重なる努力・ 経験で自信がつき、自然体の自分が確立される。と はいえこのことは環境や時と場合などにより大変難しく、 運もある。簡単には語れないが私の経験を言えば、 勝とうとする心(欲)が自分にブレーキをかけるのである。何故なら気持ちが先行し、肉体が思うよう について来ない、自分自身でありながら自分ではな い自分になっているからである。肝要なのは気は 抜かずに力を抜くことであり、気はしっかり活かすの である。

備えの心、負けない心、気力といったことは、「気 は無限である。気カを養成せよ」とよく強調されて いた開祖の言葉を思い出す。勝負は時の運も大いに 左右するが、室伏が大会前に故障していた腕の痛み に耐えて三位入賞したことは、アナウンサーが言っ た通り力を抜くことができた結果だろう。身体万全 で投げていたならば金メダルにとどいていただろうと 思ったほど、素晴らしいフオームであり、気力も感 じられた。

大切なのは心の置き所の問題であろう。「心こそ 心まよわす心なれ 心に心 心ゆするな」(沢庵和尚)である。要は心が対象にとらわれない。こだわ りなき心は無心である。無心とは心がないのではな く、こだわりのなき心をいうのである。

緊張すると自分白身に心がとらわれる。合気道の 稽古では禅の言葉で「心身不二」という言葉の通り、 精神的肉体・肉体的精神を日々鍛錬して、柳生但馬 守宗矩の言う「心の持ち方の神妙の道理」を学べる ようになりたいものである。