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清水健二 - 天道流合気道

http://www.aiki-tendo.jp/

「極めれば形なし」こそ合気道。

武道のこころを、世界に届けたい

師との出会い

私が合気道を始めたのは今から50年ほど前のことです。ある人から「最 後の武道家と呼ばれる人が高齢であ り、ぜひとも弟子入りして、その技を継 承してほしい」と頼まれました。なんで も柔道の創始者の嘉納治五郎先生が 特別に敬意を払った人だということで した。私は反対する母親を説得するこ ともできず、また不安もありましたが 紹介者に従いました。

私が弟子入りしたその師こそ、最後 の武道家と言われた合気道の開祖、植 芝盛平翁(以下、大先生)でした。私が 23歳の時です。当時の私は大先生はじ め他の先生方にも投げられる(受け 身)ばかりで、それが仕事のようであり ました。合気道は「受け身」を取ること によって、体の柔軟さや技を受けるタイ ミング、つまり呼吸を学び、武道で一番 大切な「相手を読む」ことを修練しま す。それがすべて己の技に活かされるの です。

大先生にみっちり鍛えられたお蔭 で、3年で異例の四段を拝受しまし た。その後は未熟ながら企業や大学な ど他の指導にも出るようになりました が、当時大変熱心に道場に通われてい た故・園田直氏(外務大臣や官房長官 などを歴任)が国会に合気道部をわざ わざ設立され、私を初代師範として呼 んでくださいました。国会議員とその秘書、新聞・テレビ記者の方々を相手に 指導し、その3年後、大先生の逝去によ り、私は独立することにしました。

「小手返し」を演舞する清水健二管長

試合をしない、合気遣

合気道とは何かと問われて即答す ることは難しいのですが、剣道や柔道な どの他の武道や一般のスポーツと大きく 異なる点は「試合をしない」ことにあり ます。来る日も来る日も専ら形の反復 稽古。勝ち負けを競わない、己に克つ稽 古です。大先生日く「力は有限、気は無 限なり。気力を養成しろ。技は地球を 飲み込むような気持ちでやってみろ」と常々、咤叱激励されたものです。

試合が中心なら試合が日々の目標に なりますが、稽古が中心になると、ス ポーツ競技と違って相手に勝つ稽古よ り自分に負けない己に克つ稽古です。 息が苦しい、また稽古に飽きないなど、 自分に負けそうなことはいくたびもあ りますが、稽古を重ねていると、ある 時、しっかりと強さが自分の身について いることに気付きます。何度も何度も 形を繰り返しながら、やがてはその形 の鋳型から抜け出して形が技になり、 そして自由な動きが生まれる。それが 合気道が「動く禅」と称される所以で す。さらに「極めれば形なし」という心境は他の世界にも通じるので はないかと私は思っています。

硬い、柔らかい・・・。多少、体 に違いはあっても、継続してや ればその人なりの華が咲く。 生きているそのものが合気道 です。そこが合気道の面白い ところで、それが体力的に劣っ ている女性や高齢者でも気軽 に入門できる理由です。

言い換えれば、合気道とは 生かしあいの武道です。たと えば、柔道なら相手が倒れそ うになったら、思い切り倒し ますよね。合気道の技は投 げ、極め、抑えとありますが、柔道のように相手を思い切り 倒すことはしません。相手が倒れそうになる瞬間まで動きで崩しま すが、相手が壊れるような投げ方まで はしません。一度倒れそうに動き出し た体は元に戻りませんので、その必要 がないのです。

もう一つの特徴は、子どもから高齢者 まで、性別を問わずに誰でも親しめる ところです。私が初めて大先生にお会 いしたのは大先生が79歳の時でしたが、 このような高齢で、なおかく錬(かくしゃ く)として、気力充実しておられ、とて もそのお歳には見えませんでした。

大先生は現代には見かけない仙人の ようなユニークな風貌で、人知を超え た世界から舞い降りてこられたような 印象を持ちました。引退間近で、内弟 子はもう取らないとおっしゃっていまし たが、私は最後の内弟子として6年在 籍中の3年間、直接指導していただき ました。「大先生にたいへん可愛がられ ましたね」などとよく言われました。

小戸の神技

ある日、大先生が現職の大臣もい らっしゃる大勢の弟子の前で「合気道は 小戸の神技だ。清水、分かるか」と私を 指さして問いただされました。先輩た ちに聞いてみても、よく分からない。いつ の時代の言葉なのか、大先生が編み出 したような言葉なのか、皆目見当がつ きません。大先生もその場で答えを おっしゃらないので、ずっと皆の頭の中に残っている。それがまた、謎に包まれて ありがたみがあるのですが、あとで分 かったのは「小戸の神技」というのは、小 さい者、弱い者でも信じられないような 偉大な力を発揮できる。宇宙の生命と 一体となるような広がりと気概を手に 入れることができるということでした。

オリンピックで三度優勝した、霊長類 最強の男と言われるアレキサンダー・カ レリンというロシア人アマチュアレスラー がいました。彼が引退して日本に来た 時、記者が「あなたの強さの秘訣は何で すか」と聞きました。すると彼は、「柔 らかさです」と答えたそうです。鉄人 と呼ばれた人の口から飛び出したその 意外なひとことに、みんな驚いたそうで すが、武道をやっている人間は、彼が言 わんとしていることを理解できると思 います。

風が吹くと、柳の枝がなびきます ね。ああいう自然な身のこなしができ ることが理想です。しかし、余計な力が 入ったりして、これがなかなかできませ ん。力を抜くこと、すなわち脱力こそ がいちばん難しいのです。これを会得す るポイントは息を吐くこと。つまり呼 吸法です。私たちが大切にするのは腹 式呼吸で、丹田と呼ばれる臍下に体の 中心を感じて行う呼吸法です。これを 中心に体をさばく。見事に技が決まる と、袴がきれいな弧を描きます。上手 な人かどうかは、この袴の動きを見てい れば分かるほどです。

王貞治さんの打法を指導した荒川 博さんも、実は合気道の達人で、私も 懇意にさせてもらっています。王選手の 一本足打法は荒川さんが工夫に工夫を 重ね一瞬のタイミングを逃さない、言わ ば「合気打法」というべきものでした。

戦わずして勝つということ

合気道は、「気を合わせる」と書きま すが、文字通り、相手の気を見る、気を 読むことが大切になります。今の時 代、夫婦や親子、親しい友人や上司、同 僚の間でも、良い人間関係を構築する ことが難しくなっています。私のところ に稽古にくるある方が言うには「合気 道に言葉は要りませんね。言葉はなく ても、お互い通じ合えます。気を生か して、形の反復で、相手がどのように動 こうとしているのか分かります」。稽古 で会話が成立するとはいいことを言う なあと感心しました。また、目の不自 由な方も盲導犬を連れて道場に通って こられます。そういう方でも合気道は できるんですよ。彼も合気道は楽しい、 すばらしいと言っています。

合気道の極意は、戦わずして勝つ、争 わずして勝つということです。争うとい うことは、ある意味、負けているんで す。隙があるということです。武芸の本 で、すごい殺気を感じるなどと書いてあ ることがありますが、われわれに言わ せると、相手を怖がらせるのは鍛え方が足りないということですね。真の達 人は殺気など感じさせないものです し、実に穏やかで柔らかい表情をしてい るものです。自信があるから、相手を 威圧する必要がありません。

合気道を通じて国際交流

1978年、私の道場をわざわざ 訪ねてきたドイツ人がいました。フォ ルカ一・シユタンツエルさんという方で、 当時はまだ一外交官だったと思います が、昨年まで駐日ドイツ大使を務めた 方です。その方がこう言ったんです。 「ぜひとも合気道をドイツ人に指導し てほしい」と。京都大学での留学経験 がありましたから、日本語はたいへん 流暢でした。

これが縁で、私は最初にドイツに合 気道の指導に行くことになりました。 今ではドイツを中心にヨーロッパ各地 に広がっていますが、一元は彼との出会い がきっかけでした。人の縁とは不思議 なものですね、当時は外国にこれほど までに合気道が広がるとは思いもしま せんでした。正確な数は分かりません が、またわれわれの合気道とまったく 異なるものもありますが、一説には世 界に100万人くらいの愛好家がいる とも言われています。私のドイツの道 場の門人の皆さんは、なかなか稽古熱 心です。

最初の頃は、スポーツをしているという感覚だったのでしょう。 私が話をしていても、片肘 ついていたり、ひどい時は そっくりかえって聞いてい たりしていました。何度か 指導に行くうちに合気道 は正座が基本だと諭す と、それ以降はきちんとや るようになり、今はこちら が見習うほどになっていま す。うれしいことに指導者 も次々に育っています。

私たちは、現在も、外国 の方に合気道を指導する ために、毎年、春と夏、1回だいたい3週間くらいの日 程で海外に出かけます。 なかでもヨーロッパ各国、 多いのはドイツです。黒い 森(シユヴアルツヴアルト)の 中、メダリストも利用する 州立のスポーツ施設で合 宿をします。午前1時間 半、午後1時間半、みっち り稽古すると、約1週間で ズボンに拳が入るくらい痩 せる人もいるほどです。

海外の門弟で一番感じることは、仕 事と合気道が同列にあることです。日 本人は仕事優先が当然のごとくです が、彼らにしてみれば仕事は生活の手 段であり、合気道は自分の人生にかけ がえのないものとなっています。合気道を通じて勇気や忍耐心、そして精神力 が肉体を支え動かすということを身 につけて人生を豊かにする。大げさな ことではなく、多少なりとも自己犠牲 的な気持ちを備え、人のために尽くせ るような品格を高める。それが合気道 の真の目的なのです。