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“いじめの巨人”

第30号

(平成9年4月)

天道館管長 清水健二

我が道場での少年部の稽古は一風変わっている。主任指導はベルギー人のバート(内弟子)である。しかし、私も時たま指導に参加する。いや、指導というより子供とふざけると言った方が正しいかも知れない。

いつも子供達は指導の隙をぬすみふざけたりする。指導者は、その隙も子の本能をつぶさない程度に与えなければならないが、しかし又、そのふざけ心の抑制をも指摘しなければならない。教育・指導とは、難しいものである。やさしさと、厳しさのバランスを常に保っていなければならないのである。子供は大変に敏感であり、甘い先生はすぐ見抜いてしまう。甘さを見抜かれてしまうと、以後なかなか言うことを聞かない。

さて私は「いじめの巨人」と子供たちから言われているのだ。「いじめ」をする子供達をいじめると言うことである。そういう子を相手にふざけながら、「参りました、もう悪いことはしません。先生の言う通りに従います」と反省させる。しかし、二、三分で忘れるようである。

不思議なことに悪さする子が、また可愛さがある。おとなしい子、気弱な子、強がりな子、目いっぱい悪さをする子、様々な子供がいて当り前のこと。しかし、ここは武道場。文武両道、知育、徳育、体育を身をもって指導するよう心掛け、特に躾に関しては妥協を許さない。 我が少年部の親御様には、こちらの指導に関して何の苦情もおっしゃらず、すべておまかせ下さることに心強く思うと同時に、改めて責任を感じるのである。